| いいたい放題! | - 2007/04/23
- 巨人軍のV9時代の監督川上哲治氏は、「野球道」ということを語った。この川上氏は、全盛時に、ボールが止まって見えるとの有名な言葉を残しているスラッガーだが、彼の場合の「野球道」とは、自己の人間形成の「道」としての「野球」ということを想定していることになる。川上氏は、禅に精通していたとも言われているが、とかく日本人は、このように、本来のスポーツの成り立ちをいったん自己的に解釈し直して、哲学あるいは、人生論として考える傾向がある。武士道にしても、あるいは相撲道にしてもそうだ。サムライとは、今流に言えば、商業軍人のようなものであるが、その職業軍人に哲学を求めて、様々な理屈が付き「武士道」となる。茶道や華道という「道」もある。本来お茶は、静にお茶を点てて呑めばよいものだそうだが、禅の思想と深く結び付いて、ステータスがグンと上がってしまう。思うに本来スポーツに「道」を持ち出すのは、ちょっと重すぎて、若い人には馴染めないのではないかと思うのだがどうだろう。要は、見る人が、自分の感性で哲学や人生を感じるのは自由だが、スポーツすることや、スポーツを観戦する時には、はじめから小難しい理屈なんて必要ないのである。
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